とら屋の(羊羹ではなく)最中が食べたいというので、
地下鉄の駅を降りてまずは、とら屋の一条店へ
ホテルチェックイン後すぐに蛤御門へ
冬至を経て夕刻5時なんとか撮影可
⇒蛤御門をくぐったところから見た、我が宿泊ホテル。
似たようなホテルが3軒、50メートルか100メートルの距離を隔てて。
すべて旧貴族邸跡である。宿泊のホテルは江戸時代は水戸藩邸であった。
薩摩藩邸址は同志社大学になっている↓
道を隔てて南西側からズームで。
同志社大学に並んで冷泉家がいまも存在。
ホテルの南側は護王神社
もっとでかい像は、和気神社にある。藤の花の時期に数回訪れたことがある。
でかい像はこのブログでも紹介したことがある。
文字はかなり薄くなっているが、新しいカメラの解像能力は悪くないようだ。
ということは今ある道は、明治以後に整備されたもので、
この路上にも住宅(屋敷 第)があったのであろう。
内裏のすぐ南、椋の樹の対角線上には琵琶第(藤原道長邸)があった。
立命館もこの辺りに発祥している。
27日朝食
7時オープンだから一番乗りと思ったが3番くらいだった。
ただし同宿の仲間内では1番。
敦盛で検索 やはり敦盛蕎麦では例句はなさそう。
帰宅すると6歳児と台湾から戻ったばかりの12歳児がスカイプ中。
ピグのIDとパスワードがわからず、それを知っている12歳児へ問い合わせをしている最中であった。ピグワールドで出会ってなにかやっていた。
それ終わって、寅屋の最中を食ってから散歩。