朝、↓の記事を読んだ
シャッター街化した市場のかつての賑わいを取り戻そうとして
惣菜店を営む人が、廃業した店舗を借りて、食堂を開店。
注文に応じて、市場内の各店から素材を取り寄せて客にふるまうとか。
お刺身定食の注文があると、店の向いにある鮮魚店に刺身を注文。盛り付けと
味噌汁等と合わせるという。
その名も「市場食堂」。
今日の昼食はここで摂ると言って家をでる。
駅前から、阪神杭瀬行きに乗車。杭瀬団地という停留場で降りて、
市場に向かう。名を異にする市場がいくつも固まっているような場所。
見当をつけて、市場の中へ入り、最初の4つ角で、出会った人に「市場食堂」ってどこでしょうと
訊ねると、さて初めて聞く名、分からんという。
たしかにシャッターが降りたままの店が目立つが、この程度なら他にも何か所も見ている。
- シャッターを閉ざし神輿の冬籠 太田常子
- 休日のシャッター灼ける問屋街 西村和江
- 朝晩を仕切るシャッター文化の日 折原あきの
- 雪がほんぶりになると三時の銀行の黒いシャッター 伊藤雪男
西村和江さんの句を真似るなら
平日のシャッター灼ける市場跡
営業中の店が多い方角を選んで歩いてみる。市場食堂はすぐ見つかった。
店を覗くと、満席ではないが、二人掛け、4人掛けのテーブルはみな人で塞がっている。
しばし店外で待機。
向いの店が鮮魚店。店の中から一声かければあいよとばかり刺身が届く気配。
イオンでは見かけない、太った丸鯵が一匹200円。買って帰ろうかと思ったが、炎天下なので自粛。
席に着くと、隣席のおばあちゃんがお刺身定食を頼んでいたので、煮魚定食を注文。
味噌汁とご飯はお代わり自由。680円。
市場の外に出て
配管が外れているので廃屋なのであろう。
杭瀬駅の方へ歩くと飯屋風の店が多い。680円の定食は安いと思ったが、どの店も同程度のメニューを並べている。
米は池永米穀店から仕入れているとのことであった。
創業明治4年とある。1871年である。150年の歴史を誇る老舗である。
「池永」という姓は、伊丹、尼崎でよく出会う。この辺りが本貫地かも。
おなじ池永を名乗る酒店
つい数日前に貼り出されたよう。「市場食堂」は酒も飲めるようだが、そこからの注文位ではやっていけなくなったのか。
尼崎市内各地区の人口移動については知識は乏しいが、南部工業地帯周辺の人口は少なくなり
北部の住宅街では若干の人口増状態であると認識している。
とりわけ北西部の武庫地区は増えている。
今や乗降客数では阪急武庫之荘駅は、塚口駅よりも多くなっている。
10年以上前に朝のラッシュ時には武庫之荘始発の電車がダイヤに登場した。
住宅街の中でみた、「見事な」スイカの鉢栽培。
国道2号線の北側から見た、杭瀬熊野神社