阪神尼崎駅北側は、単なる駅前広場ではなく、中央公園の名がある。
中央公園の中央にヌマスギの並木。
画像の右側の1画で皐月展開催。右手の事務棟の中で、墨彩展。
芳翠という名を見て、知り合いの俳人ではないかと思い、
受付で確認しようと思ってふと横を見たら、
その日、その時間帯が当番であったのか、当の本人が座っておられた。
盆栽展も開催されていたはずが、日があわず、今年はパス。
駅前の噴水。この広場のシンボル。
今日は珍しく、噴水の周りに人がいなかったので、水辺に寄ってみたら、この噴水には
「タイトル」があることに気付いた。
「ぬし」と読める。広場の主の意味か?制作者は速水史朗
速水 史郎(はやみ しろう、1927年10月27日[1] - )は日本の彫刻家。
香川県仲多度郡多度津町生まれ。徳島工業専門学校機械科(現・徳島大学工学部機械工学科)卒業。和瓦の技法を用いた黒陶と石彫の作家である。特に石彫は、モニュメンタルな作品やパブリックアートが多く、東京都庁や国立科学博物館などをはじめ全国100ヶ所を超えるパブリックスペース等に作品が設置されている。
また1996年に紫綬褒章、2005年度秋の叙勲において旭日小綬章を受章している。
皐月展の会場はまた更地に戻った。この後向日葵が植え付けられるよう。
その後は菊花展の会場にもなる。忙しい。
6月に入ると第1日曜日は、永良部百合祭りというか鹿児島県人会のお祭りがある。
そのためかどうか、今日市議会議員選挙の不在投票。午後6時頃に出かけたら、
三三五五投票所に向かう人を見かけたが、会場はよく空いていた。
最近見た花
↑石榴 ↓蕺(どくだみ)
立葵↑↓
- どこへ馳けても立葵立葵 上田日差子
- 立葵そろそろ影を辭すころか 中原道夫
- 門に待つ母立葵より小さし 岸風三楼
- 鞍馬より貴船に降りて立葵 庄中健吉
- 立葵天香久山隠しけり 八木林之助
- 七尾線どこの駅にも立葵 佐藤和夫
- 立葵ゆらぎ峠をはしる水 水原秋櫻子
- テニスの娘水飲みに来る立葵 榊原 弘子
- 湯をつかふ音が裏手に立葵 鷲谷七菜子
- 呼ぶ子帰る子十二時の立葵 廣瀬直人
- 辞書を引く少年のゆび立葵 前田秀子
- 兄弟の競ひて伸びる立葵 藤田郁子
- なかほどに花先んじぬ立葵 落合水尾
- 立葵戸毎に咲かせ海女部落 青木起美子
- 立葵七彩に咲く婚の朝 藤本朋子
- 石を置く屋根も荒磯や立葵 古舘曹人
- 立葵人影のなき村の昼 西島美代子
- 立葵いざや山雨を私しす 諸角和彦
- 立葵いよよ素知らぬ暮天かな 金井徳夫
- 悪相の猫が居座る立葵 秋武つよし
- 爛るると燃ゆと近江の立葵 松村幸一
- 童らに空の花なる立葵 石塚友二
- 三方に蝶のわかれし立葵 中村汀女
- 立葵咲き終りたる高さかな 高野素十
- 死の迎へ地よりあるべし立葵 宮入聖
- 立葵洪水は我が死後に来よ 齋藤愼爾
- 立葵水につめたく日のさして 岸本尚毅 選集「氷」
- 水汲んでつめたき手なり立葵 岸本尚毅 鶏頭
- 雨降りてあたりしづかや立葵 岸本尚毅 鶏頭
- 雨降りてあたりしづかや立葵 岸本尚毅
- 貧乏に匂ひありけり立葵 小澤實
- 立葵バケツリレーの音もなく 二村典子
- 三人称の風が吹きゆく立葵 佐藤美恵子
- 立葵雨粒しろき晝の窓 田中裕明 先生から手紙
- ひつそりと犬捕りが行く立葵 有馬朗人
- いきいきと胎児脈うつ立葵 和田悟朗
- 立葵影を媼として立てる 宇多喜代子
- 咲き上げて紅勝ちぬ立葵 前田普羅
- 立葵洪水はわが死後に来よ 斎藤慎爾
- にごりそむ港の空や立葵 小原菁々子
- 部落に入る蹄鉄工場立葵 遠藤梧逸
- 郵便局前庭を持ち立葵 遠藤梧逸
- 昼蚊帳に雨ふる背戸の立葵 石原舟月
- 門に待つ母立葵より小さし 岸風三樓
- ふるひ居る小さき蜘蛛や立葵 高濱虚子
- 影をかしすい~月の立葵 尾崎紅葉
- 湯をつかふ音が裏手に立葵 鷲谷七菜子
- 貨幣ころがる夕べ立葵よりしずか 永末恵子
- うしろ姿を白と決めたる立葵 柿本多映
- かの腕地に還りては立葵 和田悟朗
- 天心の魚が唾垂れ立葵 坪内稔典
- 立葵病廊落暉火のやうに 大峯あきら
- 立葵よぎる尾長の黒帽子 堀口星眠 営巣期
- 立葵のぞき棚経僧来たる 石原八束 雁の目隠し
- 湯をつかふ音が裏手に立葵 鷲谷七菜子 游影